夜の話
「この部屋は落ち着かない」
友人がそう言ってデニーズへ行きたがったのは27時。お互い寝間着で不眠を訴えた時のこと。彼女の「落ち着かない」は「ひどく不安定」な様子。この嵐の夜更けにドリンクバーとしゃれこめば、明日1日は青いドロドロ気分になることうけあいだったし、彼女もそれを知っている。だからなお、幼児のように膝を叩いて要求するのは辛いことだったろう。
こういう事態は多々あって、これまでにも数度経験していた。友人のもつBPDか鬱か不安感かがそうさせるのだけれど、こちらに腑分けする腕前はないので対処は常に手探りだった。要求を呑むこともあったし、断固反対して喧嘩になることもあった。いずれにせよ、私か彼女か私達のどちらもかが、膨らみすぎた負担を背負って、体を重くして朝を迎えるのが常だった。
しかし今夜はデニーズにはいかなかった。彼女は努力して自制を効かせただろうし、私が彼女に、ベッドから床へ移するよう提案したのは、ほんの少し環境を変えるようにという配慮からだった。それから私達は間食をとった。彼女は豆腐をたべ、私はチーズをたべた。
そんなことで、腑分けできなかった心の病は布団に帰った。子供のようにこねたダダをすっと引っこめる様子は、あまりに些細で見落としたほどで、気づくと彼女は布団に包まっている。情動のコントロール。これが出来るようになるまでの、二人の膨大な試行錯誤の蓄積が、秒で遂行された。
今夜ずっと流していたのはビゼー。ジャン=マルク・ルイサダという人のピアノ。嵐めいた雨もいつしか止んでいる。こんなふうに頭も部屋もだいたい、いつも混雑しがちに進む。進んで進んで、雲のように形を変えて、止まったことはなかったと思う。豆腐とチーズが特効薬になるなんてことは、少なくとも医学書には書かれていないだろうから。